真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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笑い話

前にも書いた話かも知れませんが・・

はっきりするとか言われ過ぎて、全く勘違いをしておりましたし、考えることがすきで、理論的にわからないとすっきりしない性格です。
そんな私ですので、わかりたくて仕方なかったのです。

言い換えれば、「どうわかったら」これだけです。

いやいや、そういう風に「手を出す心がいかんのだ」とはわかっても、わからんものがどうして信心決定したなどと言えるのだと、また逆戻り。

「わからないんです・・・(苦悶、悶絶・・」
私の、心の底からの叫びでした。

そこへ、言われました。
「わっかりたいんだあ・・」

それはそれは、憎々しい言い方でした。あんな魂の込められた一言を、私は一生忘れないでしょう。

え?・・わからなくてもいいの?
私は茫然自失となり、その後のお話も上の空となり、更に「何考えてるの?」と言われてやけくそになって正直に「上の空で聞いてました・・」と答えて、「それ逃げだよね」と言われて撃沈したのでした。

プライドなんて、捨てた方がいいですよ、というかかなぐり捨てでも聞かなければ、さらけ出して打ち明けなければ本当の沙汰はできないと思います。

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生きたしるし

あれから、ぼつぼつと、「あほうどり記」を読んでいます。

いつも、しばらく読んでは涙がこぼれて読めなくなるので、それまでです。

そこには、確かに、あの人の「生きたしるし」がありました。

洗脳が早い人は、解けるのも早いのでしょう。
今改めて読み返してみると、そこには、元々の頭の良さと柔軟さで、あの狭い世界を抜けたばかりとは思えない、いやだからこその、もがきながらも、それでいて、活き活きとご自身と阿弥陀様の世界を生きている姿がありました。

お浄土へ還っても、すぐ、こちらに戻ってきてご活躍のことでしょう。






うぬぼれと救い

自分でできると自惚れているから助からない、と
思い描く想像は
死ぬほど頑張りぬいた後に
「あ〜やっぱり自分には無理だったーー」と
無理だったことが知らされて、自力廃る、みたいな@

それだと”無理だったと知らされる”ことが条件になってしまう
知った後に、助かる、と前後ができて
時間差が生まれる
ただいまの救いになり得ない

聞くと助かるは同時
聞即信

自惚れている者も救うと知らされて
自惚れを自惚れとも思わない、わからない、自惚れでした
と知らされる毎日なのだ

助かると知った時に助かる
それはまさに今

自惚れているから助からないのではなく
私自身が勝手に
助からないと撥ねつけているから
助からないと思っているから
助からないと聞いているから
助かると聞いていないから
助からない

助かりようもない自分の心を聞くのではなくて
仏様の御心を
聞かせていただくよりほかはないのだ





やだこわい、こんなことってあるの

このところ、頭の中に、チューリップの”青春の影”が流れています。

どうしたら、の心に悩まされ、どうにもならなかったとき、K先生とこの歌に出逢って、この歌を聞くたびに、自分と阿弥陀様のことを言われているように思えて、胸が締め付けられるように切なくて、苦しくてしかたなかったのです。それはまさに恋煩いの、熱病に冒されたような狂おしさでした。

今でも、あの時の切ない想いとともにこの歌を思い出します・・・
このままでも、すごく阿弥陀様を味わえてしまうのですが、よりはっきりとわかるような替え歌を考えたので、そのことを書こう書こうと思っていた矢先・・

本棚の整理をしておりましたら、これまたKさんが送ってくださったK先生のブログを本にまとめてくださった冊子、「あほうどり記」がありまして、久しぶりに手に取りました。Kさんその節はありがとうございました。

忘れてはいませんが、泣けてしまうので、読んでないのですが・・ふと、めくったのです。

たまたま開いたのは142ページでした。”わが青春の甲子園〜”という題名の記事で、ふ〜んと読み進めていきましたら・・・”青春の影”でした。多分コメントは私のしたもので、なんだか恥ずかしくてそこは読めませんでした^^;

こんなことってあるのかしら、あるんですね、まあまあなんともいたずらされたような気分です。
はやく書け、という催促でしょうね、きっと。

替え歌を書きます。

君の心へ続く 長い一本道は
いつも僕を勇気づけた
とてもとても険しく細い道だったけど
いま道を捨ててしまおう

自分の大きな夢を追うことが
今までのぼくの 仕事だったけど
君の心を念(おも)う それこそが
これからのぼくの 生きるしるし

2番はそのままで、「君」が「私」と味わえるように思います。

愛を知ったために 涙がはこばれて(仏心を知らされて どうしたらと涙がはこばれて)
君のひとみをこぼれたとき(私のひとみをこぼれたとき)
恋のよろこびは(救いがあるというよろこびは)
愛のきびしさへのかけはしに過ぎないと(それを求めることの厳しさへのかけはしに過ぎないと)
ただ風のなかにたたずんで(ただお念仏のなかにたたずんで)
君はやがてみつけていった(わたしはやがてみつけていった)
ただ風になみだをあずけて(ただお念仏になみだをあずけて)
君は女になっていった(わたしは凡夫になっていった)

君の家へつづくあの道を(お浄土へつづくあの道を)
いま足元にたしかめて
今日から君はただの女(今日から私はただの女)
今日からぼくはただの男(今日からあなたはただの仏)




体験にすがりたい私

「真剣に聞かねばなりません」
心がけとしては尊いことでその通りです。こちらの「心がけとしては」、当然のことと言えるでしょう。

この道を通った人なら、多少なりとも自分なりに、聞かずにはいられない真剣な心になったことがあるものですから、「真剣に聞かねば助からん」「真剣になればこそ」と思わず言いたくなる気持ちもわかるのです。
でもそれは、どれだけ真剣だったかと言っても、「自分なりの」真剣さ。どこまでも相対的なものです。

ひょいと「あの時あんなに真剣になったんだもの(だから助かった)」という心が出そうになるのですが、それもやっぱり、捨てものです。
あの時ああなったらから、という自分の過去の体験をたのみにしているからです。

「自分が」どうだった、ああなったから、今こうだから・・・こちら側の間に合わない体験をたのむ心は全部捨てて、向こう側からの、なもあみだぶつ、ひとつです。

真剣になれないことに逃げる

自分の自覚があろうとなかろうと
いつ後生になるかわからない
まさに今
「私が」真剣になれるのを待つ時間はないのです

真剣に聴きましょうと言って、
今真剣になれない人は
どうしますか
どうなりますか

たとえそう脅されたところで
真剣になれますか、なれましたか
それでその目的とやらは達せられましたか

「真剣になったら」

後生は待ったなし。
そんな時間もないんです





崩されてこそ本物

自分でこしらえたものは、必ず、崩れるもの。
だから、たよりにならない。

思えば、「こうしていればこそ」と思っていた「道」が「その道ではなかった」と壊れたときから、本当の道が開けたような気がします。

なむあみだぶつと聞かせていただくことは、毎度壊されることと言えるかも知れません。

私の側で、私がこしらえようとするものが、何もたよりにならなかったよ、ならないよと壊されて、その間に合わないものを、その都度その都度ずっと捨てさせられていく。ずーっと捨てていかされるから、何も持たない。間に合わないものを持っていても、何もならないから。

で、あみだ様です。間に合ってよかったね、の阿弥陀様。
だから、壊されなかったら、本物じゃないと思うのです。





一生安心できないところに、安心がある

目に見えるものでしか、安心できないのが私だ。

でも、安心できたところで、一時のもの。

安心できたら、安心できると思っているから、安心できない。それが私。

そんな安心できない私のところに、安心できないからこその、信心。私にはない、真(まこと)の心。

しっかりしたというものを掴んだら、それは危ない。

油断なく、聞かせていただかねば。

交わることはない

薄紙一枚じゃない。交わることのない、双曲線だから。

和上はおっしゃいました。

あと一つ、ここがわかったら、ここが突き破れたら、と思っているけれど、そうじゃない。

未来と現在は、一致することはない。

「明日」は、明日になった時点で、「今日」だ。

どうにかなった姿と、そのままの姿が、交わることは、ない。

自分では死ねない

「薄紙一枚」という表現が気になって、探してみた。

ある和上のお話が出てきた。

「薄紙一枚のところがわかりません」という人に対するお話。

検索してみてください。

私の、苦手な(親しみを込めて)和上のお話。

どうして苦手なのかというと、すごすぎて、辛い。

濁流のように、押し寄せてくる、ありがたみの凄み。

「ずーっと自己否定を重ねて、最後まで残るのが抜きがたい自力ではありませんか」

「私が私の三心を否定するのではなくて、阿弥陀さまが私の三心を否定するというのが」

読んでいると、聞いていると、すごく泣けてくるから、辛い。

ありがたつらい。


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