真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

Archive [2010年01月 ] 記事一覧

罪の深きにも心をかけず、かかる十悪・五逆の罪人も

誰しも自分自身のことが知りたいという欲求、願望があるんだと思います。自分は善い者と自惚れている一方で、本当は悪人だと言われると落ち着く心もあると思うんです。悪人なんだからしょうがないと許されているように思うのと、悪人だなあと反省できる殊勝な自分と思えたりするからでしょうか。(どこまでいっても自惚れ…)でも本当はもっともっと悪人なんだ極悪最下なんだ、と言われると、そんなような気もするときがありました...

見えなくてもあるもの

私は説くほうの立場にないので、関係ないことですが、譬えって難しいものなのですね。阿弥陀さまのお救いは表わせないので、その一部のところを分かりやすく示してくださるのだと思います。聞かせていただく私としては、その何をいわれようとしているのかというところをよく知ることが大事で、そのお話自体を覚えようとするのはあまり意味のないことだし、他の譬えを勝手もってきてくっつけたりして理解しようとすると、わからなく...

南無

何にも要らないと、受け取らせていただきました。それなら受け取ることが要るのでは…と言われそうですがお救いには、何も要らないと、阿弥陀さまが、他でもないこの私に、受け取らせてくださっている状態…でしょうか。不思議ですね。...

願力無窮

ああなってこうなってでもないし、あれでもないしこれでもないので、こうなってないと、というものもないはずで、ご自身の心境として言わずにおれないと言われるのはあるとしても、言わずにおれなくなるはずだ、なんてどなたが仰っるのか、じゃあ黙っていたら違うということになるのかな…無口だった人が多少おしゃべりになることもあるかも知れないし、すごくおしゃべりな人だったなら、かえって余計なことはあまり言うまいと慎む...

安心

何かをしなければ得られないという不安もありません。何かをしないとなくなってしまうという心配もありません。何もできなかったし、やっぱり何もできない私。かと言って無力感に打ちひしがれることもありません。阿弥陀さまがいらっしゃるもの、大丈夫。最初から私がお目当てでつくって下さった、私にぴったりのもの。南無阿弥陀仏でなかったら。南無阿弥陀仏だからこそ、なんですね。始めから受け取る力もない私と見抜かれての、...

猟漁

一昨日は主人がお正月休みの代休をいただいたので、家族で動物園に行ってきました。娘は指折り数えて楽しみにしていて、今日は何日?今日は何日?と予定日を心待ちにしていました。畜生界に…なんて考えることはなし。純粋に子どもと一緒に楽しみました。子どもの喜ぶ様子が親の喜びですね。ネコ科の動物のところで、「スナドリネコ」がいて、ずっと前に読んだ漫画にスナドリネコってあったけどこれなんだ、結構大きいんだなあと思...

法を仰いで

筋の通った合点のできる教えで、無理なおしえじゃないけれど、こうしてこうなってああしてこうして、というものがないことなんです。今救い給う本願です。それでそこにどうしたら、というものはないのです。そういうものを否定され切った世界とでも言いましょうか。ここもやっぱり言葉ではうまく説明のできないところで、それは当たり前なんですけれども、(お聖教や和上様方のご本やその他素晴らしい表現で書かれてありますし)、...

悲しき愛の救われる道

勉強しなければ、なんて気負うこともなく、ただ嬉しいのと楽しいのとであれこれお聞きしたり讃談させていただいています。 かつては読みなさいと言われてすら、おっくうでできなかった時も長かったのに、いろんな方の書かれたご本などを進んで読ませていただくようになったのは、自分でも考えられない不思議なことと思います。 興味や知りたいことがいろいろ出てきて、時間が追いついていかないのですが、最近ふと考えたのは、聖人...

一休み

20年くらい前でしょうか。家にあったカセットテープにLPレコードの録音があって、何気なくよく聴いていました。メロディーが好きでした。二人歩記 (歌手:長渕剛 作詞:長渕剛 作曲:長渕剛)住みなれた部屋を今日限りひきはらいまた次の場所へ行こうと思うんだ最後の荷物を車に積み込んだらいろんな想い出がふと通りすぎた一人暮らしの僕に君はどんなときでも花一輪のやさしさを持ってきてくれただけど朝になれば夢が醒める...

先にあるもの

お聖教に書かれてあることや、人の言われることで信心がどういうものかわかって、全部理解し切って、自分で会得したものではなくて、それらは全部阿弥陀さまは必ず救うとの仰せだからそれを聞きなさいとのお勧めだからただ阿弥陀さまから私を救うの南無阿弥陀仏と賜って。書かれてあることや人の言われることも私を必ず助けるの仰せと慶ばせていただくことができるのですね…...

信じられないのは

私は、ずっといつでも、救われたという人があれば、そうなんだろうと素直に信じられる気持ちでいました。それが真実のものかどうかは別の問題として、私もいつか(その時はそう思っていました)救われるということがあるのだから、人にもあっても全然おかしくない、むしろないとおかしい、後先があるだけだ、と思っていたからです。でもそんな人はむしろ少なかったのでしょうか…?人が救われたということが信じられないという気持...

今の私

あるのは今現にある私の姿だけ。これだけやってきた、とか、できなかったとか今まではなれなかったけどいつかなれるに違いない…という過去や未来の話は、阿弥陀様の今の救いの前では関係ないことです。だから、あってもいいけど、それで間に合わせようとすると、受け入れられないんじゃないでしょうか。何の要求もしておられない、取引じゃない、どうしようもない今の私をあるがままに救ってくださるのに、南無阿弥陀仏で不足がな...

そうでした

本当に何もわかっていない私なんです。実感としても事実としてもそうなんだから仕方ありません。誇っているわけではありません。申し訳ないです。でもそれでも有難いのだから、この心はどうしようもないです。なんでこんなことしているのかと言えば、ただ念仏のみぞまことが知らされたのが、嬉しくて、申し訳なくて、せめて心の内をと、この世界本当にあるんですよ、と言われて私は聞かせていただいたから、私も、本当なんですよ、...

言葉も超えて

理解ではないし考えでもないし信じたのでもないし思い込みでもないし聴いたのも間に合わないと言われるなら、何をしたらいいんですか?と訊かれますが、助けるに間違いないという他力本願の回向と聞かせていただくのですから、私のほうには何にも要らないと、(そのどうしたら、の心が余計なんですよ、と)ひたすら聞かせていただきました。...

それはいつですか

命がけで求めずして救われるものか、と言われるなら、今命がけになってその「命がけになれたら救われる、の心」を捨てて今救われてください。後生が問題にならずして救われるものか、と言われるなら、今問題にしたらいいじゃないですか。しないといけないんです。「一大事といふはこれなり」この私が後生が問題にならなくて信心の姿を得ていないということが大問題なんですから。私が問題にならないから阿弥陀仏が命をかけて問題に...

ご正忌

宗祖聖人さまのご恩徳を偲ぶとき、そのすごさがどれ程のものか、分かるだけの知恵学問が私にはないのが申し訳ないです。でもきっと、喜んでくださっていると思います。如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし            (親鸞聖人)...

弘誓一乗海

宗教など大嫌いだった私が、阿弥陀仏の本願を聞かせていただくようになり、そういう救いの世界が本当にあるのだと思うようになりました。信じる心などない私だから、南無阿弥陀仏を成就してくださり回向してくださるのだと。でも、私の身の上においてそれが知らされなければ、この私が救いというものに遇えなければ意味が無いと思っていました。たとえいくら周りにたくさんそういう方がおられても、おられなくても。誰が救われたと...

ゐなかのひと

不思議と、お聖教をパラパラと読ませていただくことも増えて、善知識方、先哲の素晴らしい書物に触れておりますと、感動も多く心に染みわたり、またそれでもっと聞かせていただきたいとの思いにさせられます。そのままではなかなか難しいお聖教でも、現代語訳がでていますので、それを参考にして拝読したりしています。初めて『唯信鈔文意』と『一念多念証文』をちゃんと拝読したとき、よくわかるなあ、こんな風に書かれていたんだ...

私は私

何もかも同じになる訳じゃないです。それに、そのおはたらきの中で如来さまや人との関わりの中でおそだてをいただいて、変わってくることのほうが大きいのかも知れません。それはそうですよね、私の聞法は始まったばかり、これからもっと聞かせていただけるのかと思うと嬉しいばかりです。私は私。それをそのまま受け入れてくださる存在もあると知りました。これからも仏さまに向かって生きていこうと思います。...

唯可信斯高僧説

正信偈の最後の句、「ゆいか?しんし?こうそうせつ?」の響きが何となく好きです。ただこの高僧の説を信ずべし。ただこの七高僧の説を信じなさい。このブログのタイトルにもしております、「真の知識にあうことは…」の御和讃も、高僧和讃の源空讃というところのものなんですね。教行信証の最後の「慶ばしきかな…」の御文もその前の部分に、法然聖人の選択集を讃えておられ、その書物を書き写させていただいたことは、念仏の道を歩ん...

御文章

かつてなかなかお聴聞のご縁にもあえないでいたとき、せめてお聖教を拝読させていただこうと、何を読んだらよろしいでしょうかとお聞きしたときに、御文章がよろしいでしょうとお示しいただいて、それ以来今も一番大切にしているお聖教の一つが御文章です。何度拝読しても、短い章の中にも仏願の生起本末が説かれ、それを聞きて疑心あることなし、それを聞きなさい、とお勧めくだされていると感じます。一つの章の中に、すべてが収...

不回向

今日から連休だったのですね。子ども達のいるお休みは、楽しいですが、なかなか自分の時間がとれないです。そこで、何でも自分でやりたがる年頃の下の子に、ビーズのおもちゃを買いました。型に合わせて、穴の空いた小さなビーズを並べて、アイロンで固めて出来上がり、というちょっとした工作のおもちゃです。きれいなビーズに心ときめかせ、最初は小さな手で並べ始めたものの、やがて…「ママ、やってー」…やっぱりまだ少し難しか...

心を弘誓の仏地に樹て

与えてくださるのは阿弥陀仏で、向かうところは阿弥陀仏です。指南、といいますか、方向を指し示してくださるのが先生です。ですから大切な存在です。知識なくば私は遇えませんでした。でも、阿弥陀仏と知識は役目が違います。救いは人から与えられるのでも、人の言葉で獲られるものでも、ないんです。「ここにおらずして、どこどこで、誰々から聞かずして獲られるものか」、と言われる方もありました。お気持ちは分かります。私も...

自由に

お世話になっております近藤先生の「21世紀の浄土真宗を考える会」のブログ、かわいくなってましたね。広々としたテンプレートは読みやすくて、かわいい雪だるま達が、みんなで行こうよ、という感じでいいなあ、と思いました。個人のブログですので、思うままに書かせていただいております。書きたいこと、言いたいことはいっぱいいっぱいあるのですが、どこまで書いていいのかな…というのは常にあるんですよ。読まれる方の為に...

なんとなく

矢印を力としてイメージしてみました。× 阿弥陀仏←←←←←私私から阿弥陀仏に差し向けることのできるものはありません。できないので必要のないようにしてくださいました。阿弥陀仏→→→→→私阿弥陀仏によって回向されるのだと聞かせていただきました。阿弥陀仏→→→→→←私              ↑がありますと、邪魔をしているので届きません。縦の線があるとすれば、すでに手をかけていたのが私だったのです。引かねば開かないその...

正信念仏の日暮らし

加茂和上のご著書を拝読しておりますと、本当に心に喜びがしみじみと染みわたってまいります。少し紹介させていただきます。お勤めの正信念仏偈について聞かせていただきました。(加茂仰順師 『親鸞のことば ─正信偈のこころ─』第二章 正信念仏の日暮らし より) *・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.:*・☆      一 題号の意味「正信念仏偈」という題号については、とても...

どんな私でも

一切衆生を救うという阿弥陀仏のご本願ですから、どんな人でもと聞かせていただきます。私について言えば、どんな私であっても。どんな私でも、ですから、ただ今なんです。今の私は助からなくて、未来の私ならよくなるのだったら、今の私が除かれていることになってどんな人でもになりませんし、今の私と、いつかの私、どこがどう変わるのかと考えてみれば、助からない者が助かる者に変わることができるのなら、もとより出離の縁あ...

十方衆生だから私一人

十方衆生ですから、漏れている人はいないんですよね。90パーセントの人を救う、と言われたら除かれた残りの10パーセントに私が入っているのでは、と心配になります。一人を除いて全員助ける、と言われても、やっぱりその一人が私なのではないか?と心配です。でも、十方衆生と誓われたから、私がその中に間違いなく入っているんです。私一人を漏らさないために十方衆生と誓ってくだされたのですね。「ひろみを助けるぞ…!」は...

年始の雑感

うちにはデスクトップとノートの2台のパソコンがあるのですけれども、ノートパソコンのほうは座卓にあって、子どもの相手をしながらできるので重宝しています。でもそれは同時に子どもにいじられることにもなり、まずキーボードが一枚、二枚とはがれ、それはそのまま上から指で押さえて打っていたのですが、そのうち文字を打っても数字が入力されるようになり、それでもなんとか使おうとキーボードをUSB接続して、使っておりまし...

謹賀新年

新しい年が明けました。新たな希望を胸に今年の抱負を抱いている方もいらっしゃるのではないでしょうか。私は今年も、御恩報謝に生きたいです。皆様と共に、南無阿弥陀仏と共に参りたいと思います。皆様にとっても素晴らしい年となりますように…本年もよろしくお願いいたします。...

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