真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

Archive [2010年02月 ] 記事一覧

何もかも

でも、いただくばかりで申し訳ないと言っても、そんなことは求めておられなくて、阿弥陀さまはよく受け取ってくれたと喜んでくださっておられるのですね。だから大手を振っていればいいのでしょうけれど、助ける阿弥陀さまのほうがご苦労してくだされて頭を下げてくだされてたのんでくだされて、私のほうはそのままふんぞり返りどおしで本当にかたじけなく申し訳なく思います。お念仏させていただくよりほかにありません。…...

言葉にすれば

言葉では一部しか表せないと思います。だからどう言ったところで合わないところもありますが、だからいろいろな言葉を変えてお示しくださるのだなと思います。すべて一つに収まって、そこから開かれているのだと思います。直々の阿弥陀さまの仰せを聞かせてくだされれば、それをそのままお言葉にしてくだされたり聞かせてくだされたり讃嘆させてくだされるのは有り難いと受け取らせていただくばかりです。いただくばかりで何か申し...

人に直され候ふやうに

誤解されるといけないので付け加えますと、御一代記聞書から(106)一 前々住上人(蓮如)、法敬に対して仰せられ候ふ。まきたてといふもの知りたるかと。法敬御返事に、まきたてと申すは一度たねを播きて手をささぬものに候ふと申され候。仰せにいはく、それぞ、まきたてわろきなり。人に直されまじきと思ふ心なり。心中をば申しいだして人に直され候はでは、心得の直ることあるべからず。まきたてにては信をとることあるべからずと仰...

人ではなくて阿弥陀さま

求めよ求めよと言われたところで心は起こせませんし、元々そんな心もない私ですから、阿弥陀さまの願いですし、ただ聞かせてくだされていることを慶ばせていただくより他はありません。私のできる方法はありませんから人から方法を聞くのではありませんし、言われたとおりにするというのなら、阿弥陀さまに向かいなさい、名号の法を聞きなさいとのお勧めに従うのみです。阿弥陀さまに従うのならもはや誰かや私が正しいとか間違いと...

悲しみも切なさも

姉と会いました。平日にお休みのときは、一緒に昼食とりながら話をしたり、ウインドーショッピングを楽しんで、英気を養ったりしています。住まいが遠いので頻繁には会えませんが、気兼ねなく何でも話せるから姉妹っていいですね。とはいえ、今こうして屈託なく話ができるのにも感慨深いものがあります。姉は家庭や健康上の問題を抱えていた上に、家族の不幸に見舞われたりして、一時は本当に心配しました。今は毎日仕事もこなして...

家族

不況の折り、今はどんなお仕事も大変だと思います。日夜お仕事してくださる皆様本当にお疲れさまです。家の主人も曜日も関係なく不規則でストレスも多い仕事で心身ともに疲れながら家族の為に頑張ってくれています。帰宅時間もまばらで夜にいないことも多いので、私は家のことと育児に精一杯という感じなのですが、この家族あってこそ聞かせていただいていると思います。もっと主人のことも労ってあげないといけないな…と反省しな...

いつも一念

過去のことでもなければ未来の予定でもなく常に今が阿弥陀さまのお喚び声の中にあって南無阿弥陀仏が従わせてくださるより他はありません。いつも喜びは新鮮で、お話は初ごとのような嬉しさがあります。...

才市さん追記

たくさんの詩を書き残された才市さんですが、『妙好人のことば』を拝読して、むしろ普段は寡黙な人だったのではないかと感じました。何気なく別のご本をパラパラとめくっておりましたら、鈴木大拙著の『妙好人』(法蔵館 昭和51年)の中に、才市さんと親交のあった寺本慧達氏を訪ねた楠恭氏の記録がありましたが、そこに、 「…才市老はどちらかといえば口数の少ない方であった。示談の時でも、人と話をする時でも、自分から喋...

『妙好人のことば』を拝読して

梯 實圓和上の『わかりやすい名言名句 妙好人のことば』(法蔵館 平成元年)を最近また読み返してみたのですが、悲しいかな私の頭はすぐ忘れてしまうので、せめてここに感想と味わいを記しておこうと思います。6人の妙好人と、5人の名僧の方の言行をとおして阿弥陀仏の本願のたしかさを味わわせていただけるご本です。妙好人のお言葉は、よく聞かれたりするので知っているものも多いのですが、その人生や聞法の背景を知るにつけ、...

他力100%

私の心に無いものはいくら探してもないですね。自分でこしらえようとしても無理ですね。心を起こす、それすらできないのですから。起こしたつもりも嘘で、続きはしません。その嘘しかない心で、お浄土をつかもうとしてもつかめません。だからつかむのではなく離したのです。手ぶらのまま、いつでもどこでも阿弥陀さまの御心に包まれていますから安気です。間違いのないのは仏さまと南無阿弥陀仏なんですね…浄土真宗に帰すれども ...

賜りたるもの

バンクーバーオリンピックが開幕して、昨日も日本勢が二つのメダルを獲得して盛り上がっていますね。4年に一度のスポーツの世界の最高峰の大会、そこでの金メダルは競技選手にとっての最高の栄誉ですから、スポーツを志す人なら誰しもその頂点を目指すのでしょう。その努力は並々ならぬものがありますね。今回の銀、銅メダルを獲得された選手の方も、金メダル一つを目指しておられたそうです。私などはメダルというだけですごい、...

他力にまかせるということ

他力回向の阿弥陀さまのおはたらきですから、私がただ今救われるのですね。この他力回向ということを聞かせていただかなければ、自力心の虜のまま、他力にまかせることを横着者と取り違えたままだったことでしょう。救われるには、私が何かに励んでいかねばならない、私が何かを知らされねばならない、そうなってからという心が、おそろしい仏智を疑う罪と知られないのは、他力回向ということをお聞きになっておられないのだと思い...

ただ聞くばかりの法

再び『西の旅』から… さて、浄土真宗のおみのりは、法(みのり)のお救いのものであります。 その法とは、法の上に救われることの一点の疑いのない法でありますから、その法の聞こえたのが疑いのないのであります。 私が聞いてから疑いがないようになったのではありません。 私の上に何かしっかりとしたものが出来たというのではありません。 如来のお救いがまちがいないと出来上がったのですから、その救われるにまちがいない...

もみじの合掌

ご著書を拝読しておりましたら、「仏凡一体」の説明がありましたので、思わず「ああ仏凡一体、仏凡一体ね…」とつぶやいていました。すると娘が言葉に関心のある年頃ですから、「ぶつぼんいったい?なあに?ぶつぼんいったいってなあに?」としつこく訊いてきました。「うーん、ママの心に阿弥陀さまのみこころが届いているのね。南無阿弥陀仏よ。○○ちゃんも南無阿弥陀仏してね。ママと一緒に阿弥陀さまの国に生まれさせてくださるか...

日記のように

のほほんと思ったことを書かせていただいています。読んでくださってありがとうございます。一人でも分かち合える方があれば嬉しい。ゼロ…いやマイナス?からの出発だったんですから、本当に有り難くて涙がでます。何もなくても私は無事です元気ですと慶ばせていただくのでもいいのではないかな、とか。生まれ難い人間に生まれ、阿弥陀さまの願いの中に生かされているのです…。今日もお念仏させていただいております。先生皆様あり...

如来の子

「あなたは如来の子なのだから、自信をもちなさい」ある方が言ってくださって、心に染みました。自信教人信と言われますが、自信とはご本願を信ずる身にさせてくだされることであって、自分にいきなり自信がつくことではないんですよね、当然。自分に自信がもてない性格ならそのままですし、怖がりとか臆病とかならそのままで救ってくだされます。なにか、何を言われても平気のすごい自信満々の人間になると思っていたときもありま...

自由な心

私の心は自由です。ずっと前に臨床心理士の先生に、あなたの心は自由に羽ばたいているのね、と言われたのを思い出します。だから、心を縛ってくるようなことを迫る人、場所、考え方、は苦手、というか耐えられないんです。考えることをやめたら私が私でなくなるような気がするから。私の人生の責任は、私にしかとれないと思う。親だって、全部の責任はとれないんです。全部まかせてもいいのは、間違いのない仏さまだけだと思うので...

知識とか理解とか

わからないといっても、どなたもそうではないです。私にはわからないようなことも、お話してくださる方もたくさんあるんです、当たり前なんですけれども。たくさん勉強すれば、知識は増えると思いますし、理解も深まると思います。頭のよくて知識も豊富な先生・御同行様方を拝しますと、本当にほれぼれとしてご縁を有難く思います。でも、このお救いだけは勉強ではありませんから。その上でのお勉強ということになるのではないかと...

(救いとは…自問自答。)

わからんのです。私。聞いたお話では、迷いからの現実的な救い、阿弥陀さまが私をお浄土に生まれさせることによって、私を迷いから離れさせるということと聞きました。だからそのとおりなんやと思います。成仏できる身にさせることが、この世での何の救いになるか、ということですよね?何もなりゃせんといえばそうかもしれない。現実的には何も変わらない。凡夫の悩み苦しみは変わらない。ところが、お浄土にお参りさせていただけ...

開山のめされ候ふやうに

一 前々住上人へある人申され候ふ。開山(親鸞)の御時のこと申され候ふ。これはいかやうの子細にて候ふと申されければ、仰せられ候ふ。われもしらぬことなり。なにごともなにごともしらぬことをも、開山のめされ候ふやうに御沙汰候ふと仰せられ候ふ。(蓮如上人御一代記聞書 159)ある方とお話していて思ったのですが、この「私はご開山聖人がなさった通りにするのである」とは、そのとおり宗祖親鸞聖人さまのなさったようにするの...

温もり

失敗もあるし、落ち込むことも、ありますね。過去のどうでもいいことに心を煩わされることもありますね。思うようにならないことばかりですね。人間関係も難しいですね。ため息の出る日もある。でも、悲しいときは悲しいなりの南無阿弥陀仏。いつも寄り添ってくださる阿弥陀さまは温かいのです…...

どうでもいい話

ずいぶん前ですが、仕事のストレスを癒すために観劇に夢中になっていた頃がありました。『宝塚歌劇』です。たまたまバスツアーで観に行って、アイドルとかダンスとか自分からはかけ離れたきらびやかな世界が好きな私は、はまってしまいました。演じるほうの嗜好はないんです。もっぱら観て楽しむだけといいますか。観るのが一番。お気に入りのスターさんにキャーキャー言って若手の人の成長を見ながらああだこうだ批評するのがヅカ...

私の都合

はっきりしたいも安心したいも私の都合。こんなふらふらな私の心のちっぽけなはっきりや安心が何になるでしょう。あんなやこんなのはっきりや安心は、私の想像だから、追いかけても待っていてもそれは阿弥陀さまのまことではなかったのです。大きな大きな阿弥陀さまのまことにおまかせする安心は、たとえようもありません。南無阿弥陀仏...

西の旅

いろんな方のお話やご本などを通して聞かせていただきたいと思っています。今日も感動したので、少しご紹介させていただきます。 地獄も浄土もありはしないというような疑いは脱(お)ちやすい。しかしどれほどのゆきとどいた慈悲でも、このような私が生れられようか。このような者がお助けいただけるのであろうかという疑いが起る。しかしそのことも脱ちると、その次には、信を得たのであればこのようなことはあるまい、信を得て...

選択不思議の本願・無上智慧の尊号をききて

これまで長く聞いてこられたという方もいらっしゃれば、そうでもない方もいらっしゃいますね。私もこれからますます聞かせていただきたいと思っているところです。ただ今救われるみ教えとお聞きしましたならば、過去どれだけ聞かせていただいたとか、どこで聞かせていただいたとか、それがどの程度真剣だったかどうかというのは、もう関係ないのではないでしょうか。私の過去の聞いた量によって、救われる救われないが左右されるの...

言葉のこと

前は何気なく聞いていたけれど、なんとなく言わなくなる言葉があります。勉強不足でよくわからないのですが、考えてみました。人生の目的…生まれ難き人間に生まれ、聞き難い仏法を聞かせていただく身の有り難さは思いますが、このお救いは、阿弥陀さまの起こされた願いであり、阿弥陀さまの願いの中に私はあるのだと思うのです…。相対の幸福・絶対の幸福…どういう境地を言うのでしょうか…?言い換えないでいいように思いますし、使...

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