真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

Archive [2010年03月 ] 記事一覧

はっきり

はっきりはしています。ただ私が想像するようなはっきりではなかったんです。所詮こんなふらふらの私の心ではっきりしたように思ったところで、続かないと思いますし、自分ではっきりを作り上げるものでもありませんし、広大無辺の仏智ですから、私の心に収まりきるようなものではあるはずもなく…仏智は満ちてくださっておりますのは、そのおはたらきが私に常に生きてはたらき続けてくださるのだと。その南無阿弥陀仏によって私が...

願力無窮にまします如来様ですもの、何が不足でたのまれませんか。

嬉しく感じるから、お慈悲が有り難く感じられるから、助かるに間違いないのではありません。信心いただいたらいかにも嬉しい有り難い心になってこれで助かるに間違いないの心になるのだろう、私の心にはっきりしたものができたら安心できる、はっきりしたい、ばかりでした。それは自分で先にはっきりの心つかみたいの心であって、それが間違いだったのですね。加茂和上様の『安心座談』より 決して彌陀がたのまれない筈はありませ...

何にもない

よろこべるときはそのまま嬉しいし、よろこべないときがあってもそんな私がお目当て恥ずかしい、なんまんだぶつとまた嬉しいです。よろこんでいなくてはならない、ということがないから、ずっとよろこべる。何か感じられていなくてはならない、ということもないから、有り難く感じます。信じられるようにならなければならない、ということもないので、信じる心のない私を助けるに疑いがありません。まことのない私の心なんて全くあ...

聞こえてくださる

やっぱり談義といいますか、そういうのはいいですね。時間も忘れて話してしまいます。自分でも気付かされることは多いです。…根拠は南無阿弥陀仏、お念仏しなさいよ、は法を仰ぎなさいよ、ということでもあり、なんまんだぶつすれば、それはそのまま、阿弥陀さまのお喚び声であり、私を助けるであり、私が助かる、の姿。いつでもどこでも聞かせていただけますね。...

思いつくままに書き綴っています。過去に書いた文章も詳しくは忘れてしまって、読み返すのも気恥ずかしいような感じがして、あまりしないんです…。今の心が大事かなあと思って。だから味わいは人それぞれ、人でも時によって違うと思うのです。南無阿弥陀仏は変わりませんが、私が変わるので、お慈悲もいろいろな味になるのかな…変わらないと言うか、私に合わせて変わってくださるからいつも届いてくださることに変わりがないのです...

毎日

ご法座のときだけ有り難かったり慶べたり、する訳でもなくて、人から、有り難いと思いなさい、御恩を感じなさいとか、言われることもなくて、人の様子を見て焦ったりする必要もなくて、人真似をする必要もなくて、自由気ままな身ではありますが、御恩報謝が嬉しいとは、なんと幸せな身にしてくださったのでしょうか。なんまんだぶつ...

命懸け

命懸けだったのは、阿弥陀さまのほうです。私の事は、私よりもとうにご存知なのです。命懸けになれない私の代わりに命懸けになってくださいました。「火の中分けて聞け」とは、命懸けになれ、ということではなくて命懸けになれない自分をも恐れなくてもいいから、来い…!というお喚び声だったんです…...

思惟

頭は悪くて回転も遅いくせに、考えることが好きだった私は、いつの間にやら考えて助かろうとしていました。わかったら、何とかできるんじゃないか?なんて…。知らなかったとは言え、五劫の思唯に真っ向から勝負を挑んでいました…大馬鹿者。かなうわけがありません。間に合うはずもありません。初めから勝負はついているのに。全く不要でしたので、ほかりました。どれ程なんでしょうね…五劫の思惟。どれ程なんでしょうね…そこまでさ...

言われた訳ではありませんが

判断できないといいながら、こういうものだというイメージを植えつけられていたのがわかりますし、その他の都合でも異安心とか言われるのだろうな、というのはわかってはいましたから、たとえそう言われたとしても仕方のないことだなあと思います。元々人に言われたり自分で言い聞かせたりして作ったりできたりしたものではありませんので、人に何か言われたところでどうにかなるものでもないです。私にも感情はありますから、何か...

届かないとは思いますが

ただ今、救われます「ただ今救われた?そんな馬鹿な。」(誰が馬鹿なの?救った阿弥陀さま?疑う私?)「簡単じゃない。」(阿弥陀さまはすでに難しくありません。阿弥陀さまが私を助けるための南無阿弥陀仏はすでに完成しておられるからです。それを私が難しいとはねつけていて申し訳のないことでした。ものすごいお力でした。あのご苦労は半端ではないからこんな私でもなのです。)阿弥陀さまの南無阿弥陀仏が既に成就しておられ、私...

お釈迦さまのお話から

お釈迦様のお話を聞かせていただきました。その中で、生まれてすぐに七歩歩かれた、とか、天上天下唯我独為尊と言われたというお話のところで、実際は生まれてすぐの赤ん坊がそんなことをするはずもないことで、後からその意味を示されるために付けられたお話がある、と言われ、なるほどと思いました。個々のお話を信じるか否かということより、その意味、示すところ、そういうことを知るということが大事なのではないかと思います...

どなたの御心

言葉でしかお示しくださることはできませんから、人から聞かせていただけて有り難いですが、それをそのまま、阿弥陀さまの仰せと聞かせていただくかどうか、だけなのでしょうね、きっと…自分の力で聞いた、というものでもないので、聞かせてくだされるのですが、(だから阿弥陀さまの御心そのままを示してくださる方は有り難いと思います。)...

今までもこれからも

そのままのお救いですから、何ら私が変わることを求められるものではないのですが、(変わらねばと計らっていたのがそれは不要だったと変わったといえば変わったといえるかも知れません)だから変わるとすれば、その時からその後のことなのかも知れません。申し訳ないと、そんな心もないのにふと思わされます。だからお念仏やお聴聞が御恩報謝になってますます大事になるのだな…と思います。人からそう言われるからではなくて、そう...

お念仏

おまじないじゃないですよ。才市さんは、二本の角を書かれましたか。私はとてもそれだけでは足りないです。でもお念仏させていただくと、怒りも悲しみも、そのままで乗り越えられる感謝に変えてくださるように思います。阿弥陀さまは何一つ否定はされません。わかっているよ、そういうものだね…それでもいいんだよ、と言ってくださいますが、だから有り難くて、余計に私の浅ましさが照らされるのです。なんまんだぶつは、限りなく...

切手のないおくりもの

今日は子どもの幼稚園のお誕生会でした。その月にお誕生日を迎える子が前に出て名前と何歳になったかを言い、メダルとプレゼントをもらいます。そのあと歌のプレゼントがあるのですが、今回は年長さんが歌うということで、息子が珍しく「見に来て欲しい」と自分から言ったので、見に行きました。年長さんにとってはこれが幼稚園最後のお誕生会ということで、ビデオカメラを抱えたお母さんお父さんもたくさんお見えでした。みんなか...

ご本願のお力だから

何も要らなかったというのは過去の体験のことではなくて、今と、これからのことです。摂取不捨だから、変わらず捨てられることがありません。どんな悪いことをしても構わないという横着者になるのではなくて、善も悪も付け足すものは何もいらないということです。悩みや苦しみもなくならないままで、それがお慈悲のお目当てとは、なんと深くて広い世界なのだろうかと思います。広すぎて深すぎて、私には分かりようもないのが本当の...

いろいろ誤解もありますね

阿弥陀さまから、と云いますと、何か音や声が聞こえるのだったり心に何かがが起こる神秘体験的なものを想像してしまう方もあるかもしれません。体験というのは、そういう出来事のあった過去のことではありません。ですから聞くといいましても、分からなければ阿弥陀さまの18願のみ心をそのまま示してくだされる方から聞かせていただくより他にありません。それが知識と言われる方なのでしょう。有り難いことです。でも知識や知識...

お念仏でございます

不思議ですね。有り難いですね。阿弥陀さまの直々の仰せより人の言われることのほうが確かだということはないので、阿弥陀さまから直接お聞きになられたらよいと思います。私の心のものだったら全部間違いですが、私の所作、造作は否定され切ってしまっていると申しますか、任せたのではなくて、任せ切らさせられたのです。往生はなげた、おかるさんでしたか、いい得て妙と思います。満ち足りたとなげたは同時と思います。たのむ心...

すてるもの

捨てものってよく聞いたのですが、「捨てるのには、拾ってからでないと捨てられない」と言われているのか、そのように考えておられる方があるようです。これが間違いの始まりと思います。選ぶべきものをお示しくださるために捨てるべきものもお示しくだされたのではないでしょうか。選ぶべきものが知らされれば自ずと捨てようとすると思います。もうすでに捨てるべき心をもっていると気づいたら、どうして更に拾う必要がありますか。...

??だから、ではないです。

聞いて理解したから、でもなければ、人がそう言われたのに間違いがないと思えるようになった、のでもないですし、??と思えるから、でもないです。先に私がどうにかなったから、ではないからです。人のご信心と同じになったのが、ではないですから、和上さまの書かれたものが分かるようになったから、でもなければ、妙好人と言われる人や救われたと言っておられる方の言われることと同じと思えるから、でもないです。〇〇だからいい...

欲しいのは、間に合わせたいから

はっきりしたい、わかりたいの固まりだった私…これだと思ったらそれはすでにつかんだものでそれは違うのだろうな、と思ってはいたんです。だけど、捨てもの、とは聞いていても、言葉ではそう言っても…どなたもそこは悩まれたのではないかと思います。私の上に先に安心や喜びが欲しいと思う、そうしたら、それで…と思いたいのです。南無阿弥陀仏で足りないと疑うから、私の何かを付け足したい、間に合わせようとする。私の安心で助...

卒業の季節

上の子の幼稚園の修了証書授与式の案内が来ました。入園式のとき撮った写真の場面が、つい2、3ヶ月前の出来事のように、はっきりくっきり思い出されます。本当にあれから3年も経つなんて…信じられない気持ちです。当時は下の子もまだ乳飲み子で、抱っこ抱っこの毎日でしたが、一緒に記念写真に収まったのでした。あの時は…こんな日々を想像もしなかったけれど…別れもありましたが素晴らしい出遇いもあって、仏さまのお導きに感...

私を助ける、との仰せ。

阿弥陀さまと私のことですから、人と比べることもないんです。それとは別に、人をうらやましいなと思ったりすることはあります、もちろん。頭のいい人がうらやましいなあとか、学問のある人は難しいお話もできていいなあとか…。順番にお話を理解しないといけないと思っていたときは、どうして一文不知でも救われるなんてことがあるのかどうしてもわかりませんでしたが、本当にそういうことだったと今はわかります。自分がそうだか...

お聴聞にて

阿弥陀経のお話でした。十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる (浄土和讃)私の生活の中にお念仏があるのではなくて、お念仏の中に私が包まれている…煩悩の私のまま…悲しみは悲しみのまま、苦しみは苦しみのままでありながら、お念仏と共に乗り越えさせていただく、そこにお念仏の世界の喜びがある…南無阿弥陀仏…...

もう3月、庭の小さな桜の木のつぼみが膨らみはじめていました。実家から移して植えたものですが、うちに来てもお日様を受けて毎年花を咲かせています。自然の営みって力強いですね。子どもと散歩に出かけたら、道端には大犬のふぐりやたんぽぽが咲き始めていました。もう春なんだなあ…雑草の中の小さな花たちも目立たないけど一生懸命咲いている…きれいでかわいいね。私も頑張ろう。南無阿弥陀仏...

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