真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

Archive [2010年10月 ] 記事一覧

広い世界

私は如来さまの弟子の一人でありたいと思っています。日々の生活は何でも御恩報謝であるべきだと思っています。何かすることで、ほんの少しでも人様のお役に立てたならばとは思っています。余計なことには首を突っ込みたくはありませんが、困っている人や苦しんでいる人に対して自分には関係ないという無関心な態度は慈悲がないと思います。しかし表面上のことばかりではなく、何が本当に大切で役に立つことなのかということは、目...

阿弥陀さまが今この私を

浄土真宗の大切なところについて聞かせていただきました。お聖教のお話などは本当に難しいものだと思います。仏さまのお話です。そんな難しさに触れて、たとえ自分がわからなくてもそれは自分が愚かだからわからないだけであって、わかっておられる人がそう言うのならいいと思いますが、私のような者がわからないからと言って、「そんな難しい話要らないのに」などというのは恐れ多いことだと思います。わからないのは苦ではないで...

スタート

完成といったって、学問の世界がそう言われるように、御恩報謝に完成はありません。人生においては何事も御恩報謝、一生学びと思います。自分のことを忘れてしまうと、外にばかり目が向いてしまいます。なんまんだぶつは常にそんな私を戒めてくださいます。しかしそれは、逆らうことを許されないような存在としてではありません。常に温かく私を導きお育てくださるのだと思います。なんまんだぶつなんまんだぶつ...

お聴聞にて

ご著書を拝読するのもいいけれど、やっぱりご説法のお聴聞はいいなと思います。聞かせていただいたのは阿弥陀経のお話でした。聖人さまが、「浄土真宗」と仰ったのはどういうことか。法然聖人は「浄土宗を開く」と仰ったのだけれども、親鸞聖人はそういうおつもりではなかった。その「浄土真宗」とは「往生浄土の真実の宗教」ということ。そして、往生浄土というからには、浄土のあることが説かれなければならない。それが、阿弥陀...

すごい…ですか

よく言いますが、すごいのは南無阿弥陀仏で、私ではありません。私には、そのすごさもわからないと思います。私にわかったら、それは私に捉えられる範囲のもの、有限のものとなってしまうと思います。わかりませんよ…何もわかりません。わからなかったら、助かりませんか?わかったって、その頭は無くなってします。だから阿弥陀さまは、この私の頭で助かるのではないようにしてくださったのですね。なんまんだつです。なんまんだぶ...

真宗流救急車とは

豊島学由師の『親鸞聖人と私』(探求社)を読ませていただいた中から。 けれども、浄土真宗の絶対他力はこれらとは違います。浄土真宗の他力を現わすたとえ話に、この救急車の話を使うと聞く方で間違うでしょう。なぜ聞き損なうかというと、救急車は「助けてください」と、こちらから一一九番を回さないと来てくれないからです。ダイヤルを回しさえすれば無条件で助けてくださいます。これが機と法とが一体になるということで、杉...

不請の友

阿弥陀さまは、「不請の友」であるとお聞きしました。「衆生が請願しなくとも、衆生のために大いなる慈しみをもってその親友となる人。」とあります。こちらがお願いしなくても、私のところまで来てくださって友となってくださいます。いつでも駆け付けてくださって、認め許し励ましてくださいます。決して裏切られることのない友。そういう存在がある人は強いのだと思います。もう孤独ではないんです。だからたとえ一人でも構わな...

気付いてしまった

かつて所属していた会についてなんですが、今でこそネット上でも、教義その他のことについての間違いや意見があちこちで言われていますが、急に増えたのはここ2、3年のことだと思います。私の場合は、教義的なことより先に、組織の中では、聞いていたのとはまるで逆のあまりにも馬鹿らしいことを言ったりやったりしていたんだなと知って、私はこんな変なところに居られない、会員としてでも加担したくないと思ったのが先でした。そ...

蚊を打っても

子供たちと出かけている途中、車の中で大きな蚊が飛んでいたので思わず「パチン!」と打ったら、血が滲んでびっくり。既に誰かの血を吸った後だったのです。「あらー、すごい血。誰か蚊に刺された?」と見せると、息子が「僕だ、ここ刺されてる…」と言ったかと思うと、蚊を見て「なんまんだぶつ、なんまんだぶつ…」。それにもちょっとびっくり。「だって、蚊が死んだから…」と。私も思い出して、なんまんだぶつ。何につけてもお念仏...

言葉

「法然聖人と唯信鈔」は「親鸞聖人と歎異抄」と同じ位置関係にあるとお聞きしたのを思い出して、ふとまた読みたくなって唯信鈔を拝読していました。原文で読むと、私にはそれほどの古文の知識がないので、そのままではやっぱり現代語のようには入ってきません。が、そのまま読み進めておりましたら、迫ってきてしまいました。時々、起こる。淡々と読んでいるのに、書かれた人の心のようなものが迫ってくる。やっぱり人にとって言葉...

間に合わない

善の勧めはあるけれど、善が間に合って助かるのではないという話を聞いて、「善が間に合わないと知らされる為に善をするのかな」と思ってました。一見そうかなと思う。できないと体験したらわかるという想像。実践してわかったらいいのではないか…自分での力で会得する体験というものはそういうことですものね。自分で知る、実感する、コツをつかむ…でもそういうことじゃない。「善が間に合わないと知らされる為にやろう」と思う心...

大丈夫

今年は町内の役員に当たっているということで、地域の運動会に係として一日お手伝いがてら参加しました。大変だなと思っていましたが、やはり顔を合わせるということは大事で、学校の運動会もいいですが、ご年配の方から子どもまで家族で集まる行事もいいものだといました。あらかじめ出場選手も割り振って、ルールの説明もあり、きちんと採点もしての熱心さに、初めて参加したときには今どき地区運動会をこんなに盛大にやるところ...

自力の中の自力

「自力の中の自力とは、いつも御恩が喜べてびくとも動かぬ信心が、私の腹にあるという、凡夫の力みを申すなり」昔から越前のほうで言われていた言葉だそうです。私の心がしっかりして、もう間違いがなくなってではありません。阿弥陀さまがお助けくださることに間違いはありませんが、私に間違いがなくなるのなら間違ったことも言ったりやったりしなくなるのでしょうが、そんなこともありません。私が阿弥陀さまを逃がさないように...

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