真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

Archive [2013年01月 ] 記事一覧

帰命無量寿如来からはじまるお話

正信偈が南無阿弥陀仏ではじまるように、阿弥陀さまがはじめにあるのが、浄土真宗だったのだな、と思います。自分が頑張った末にお迎えに出てきてくださる…とか、自分の力が尽きるところまで行って(それまで頑張る)本当にすがったところにお出まし…というのは間違いなので、いくら待っても、どれだけ頑張っても、幻を追いかけているようなものです。あるんだよ、という本当のお話と、あるようになるまで頑張りなさいというお話は...

阿弥陀仏が抜けていると

浄土真宗は他力によるお救いなので、しかも他力100%によって自力にはよらないので、阿弥陀さまが抜けてしまうと、何も無しになります。だから、浄土真宗のお話も、肝心の阿弥陀さまが抜けてしまっていると、何も無い無力のお話のように聞こえてしまうのかも知れません。何も無しで助かるのではなくて、阿弥陀さま、お念仏によることに決まっているのですが、阿弥陀さまを置き去りにしていると、物足りなく、頼りないのです。阿弥...

悔しいこころ

正信偈にはどういうことが書かれてあるの?と子供が聞くので、話してはみるのですが、やはり難しいといいます。「ほうぞう」とか「せじざいおうぶつ」「りゅうじゅ」「ぼさつ」などなど普段は出てこない言葉が多いので、それだけでも混乱してしまうようです。やさしいお話の本で…と思いましたがやはり小学校低学年の子供にはまだ難しいようで、何かないかな…と思っていましたら、京都に行った際に『まんが 正信偈のおはなし 七人...

待つにあらず

ある方とお話ししていて思い出した、というかいつも思い出す深川倫雄和上のお話。『仏力を談ず』から「ご信心に入るカリキュラムはない」。ご信心になる方法はありません。真宗の信仰に入る道はないんです。それなのにみんな道があると思ってる。だいたい自分の思うとることが賢いと思うことから間違いだと親さまがおっしゃるのに、まだ自分の頭を使おうと思うとる。真宗に入る道はない。真宗入門なんていらんお世話だ。入門するの...

昨年も、このブログを通じて、あるいはその他色々なご縁で、素晴らしい出会いがありました。信じていたものに裏切られたときに人は苦しみ傷つくというのはそのとおりで、信じていたところや人が、たとえ悪意があろうとなかろうと、信じていたとおりではなかったという実態を知って、勇気を出して一人で“真実”を求めて踏み出したことによって、さらに悲しかったり情けなかったりした体験もしましたが、新しい出会いや月日が、私のそ...

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