真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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どんな私でも

一切衆生を救うという阿弥陀仏のご本願ですから、どんな人でもと聞かせていただきます。

私について言えば、どんな私であっても。

どんな私でも、ですから、ただ今なんです。

今の私は助からなくて、未来の私ならよくなるのだったら、今の私が除かれていることになってどんな人でもになりませんし、

今の私と、いつかの私、どこがどう変わるのかと考えてみれば、助からない者が助かる者に変わることができるのなら、もとより出離の縁あることなしの私ではないのです。

変われないまま臨終を迎えると思えば、今の心が臨終の心です。今が臨終。事実、今は常に死と触れ合っているのです。

「流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき」でありました。

 それ、十悪・五逆の罪人も、五障・三従の女人も、むなしくみな十方三世の諸仏の悲願にもれて、すてはてられたるわれらごときの凡夫なり。しかればここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、久遠実成の古仏として、いまのごときの諸仏にすてられたる末代不善の凡夫、五障・三従の女人をば、弥陀にかぎりてわれひとりたすけんといふ超世の大願をおこして、われら一切衆生を平等にすくはんと誓ひたまひて、無上の誓願をおこして、すでに阿弥陀仏と成りましましけり。この如来をひとすぢにたのみたてまつらずは、末代の凡夫、極楽に往生するみち、ふたつもみつもあるべからざるものなり。(御文章2?8)





*Comment

NoTitle 

「変われないまま臨終を迎えると思えば、今の心が臨終の心です。今が臨終。事実、今は常に死と触れ合っているのです。」
ですから、先延ばしには、できないのですね。ただ今阿弥陀仏に向かいます。
  • posted by 皆友 
  • URL 
  • 2010.01/04 12:42分 
  • [Edit]

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