真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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弥陀の本願のみぞまこと

いかにすべては阿弥陀仏の計らいだとは言っても、何も求めずしては、救いにあうことはできません。

そこで、人によって縁は異なるでしょうが、仏教の正しい先生である善知識と出会い、聞法をさせていただく訳です。そしてそこには、同じく阿弥陀仏の救いを求める、同行との出会いもありました。

しかし、忘れてはならないと思うのは、初めに団体ありき、善知識ありき、なのではないということです。何らかの団体に所属していたとしても、その団体のできるずーっと前から、阿弥陀仏の本願はあり、そして、これからも、その団体や善知識の存在とは関係なく、阿弥陀仏の本願はずーっとまことであるのです。阿弥陀仏が遠い過去から私にはたらき続けてくださったからこそ、私は師にあうことができ、彌陀の本願を聞かせていただくことができました。まず、阿弥陀仏へのご恩、これが先でそれを本当に知らされたからこそ、知識への恩も知らされるというものではないでしょうか。それを、知識へのご恩ばかりを強調し、礼賛して、「すばらしい先生じゃ、この先生から聞かせていただいておれば間違いはない」…と有り難がってばかりでいるのあれば、それは知識帰命と言われる自力の信心ではないでしょうか。

人も、団体も、無常のものです。
やがて、縁がくれば、無くなるものです。しかしたとえそれらがなくっても、無量寿の弥陀の本願はビクともしません。だから、崩れることのない阿弥陀仏からの信心を頂きなさいと言われるのです。

現在只今も、阿弥陀仏は生きて働いておられます。

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