真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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ただ聞くばかりの法

再び『西の旅』から…

 さて、浄土真宗のおみのりは、法(みのり)のお救いのものであります。
 その法とは、法の上に救われることの一点の疑いのない法でありますから、その法の聞こえたのが疑いのないのであります。
 私が聞いてから疑いがないようになったのではありません。
 私の上に何かしっかりとしたものが出来たというのではありません。
 如来のお救いがまちがいないと出来上がったのですから、その救われるにまちがいない法(親心)がきこえたのです。
 いつ思うてみても、まちがいのない法に安心していますから、救われるとか、救われないとかという疑いの闇は起こりません。
 まちがいなく救うという法が出来上がっていますから、私はまちがいなく救われるという安心があるのです。
 これが法にいただかれたのであります。
 朝夕お礼をさせていただくあの如来さまのお姿は、救うにまちがいないというおすがたです。

 四国の庄松同行が、ご門主さまのところへよばれて行ったとき、ご門主さまからお前の救いはどうかと問われました。
 すると庄松同行は親様のお姿を指さして「私はしらんが、あの親様がご存知です」と言ったということです。
 この一言でつきております、何も申すことはありません。

 信の後にはたとい疑いがあっても、頂かれたものはもとの信に帰るから、疑いがあってもさしつかえないと言うた者がありますが、これはまちがいです。
 法の上には一点の疑いはありません。
 いつでも救いにかかりはてて下さることをいま聞かせていただくのです。

 明年は親鸞聖人のご誕生八百年であります。
 この八百年間の間にいろいろの雑音が入っています。
 この雑音をとり垢のついたものはとらねばなりません。
 そして、如実の法をはっきりさせねばなりません。
 真実は、聞くところに力を入れるのではありません。
 ただ耳だけの法であります。

 聞いて立派な安心が出来たのではありません。自分で自分に許した安心ではありません。
 聞こえた法がそのまま安心と聞いて、何も外に用事のなかったのです。
 このままでよいと許すのは、よいようで悪いのです。
 おれがの心を否定して如来の願い通りに救われるのです。法爾(ほうに)のままに生かされるのです。自然法爾の世界に生かされますから、信の世界です。

 私たちは、おれがの心に立ちますから、はからいがあります。
 如来の法によって、その計らい心を取りのぞいていただくのです。
 計らいの心からぬけきることのできない私のすがたを見抜いて、救う法を仕げて下さったのが阿弥陀如来さまです。

 その法が聞(もん)によってふれてくださいます。
 法は声です。よび声です。聞によって親心が届いて下さったのです。
 親心を話してくださるのを、お聴聞させていただくところに親心がこの私の上に届いてく下さったのです。
 親心が私の上にあらわれて下さったのです。
 如来のお助けに助けられるとはこのことです。
(加茂仰順師『西の旅』百華苑 昭和53年 p222?第十五章 如来に救われるという意味─ただ聞くばかりの法─)



 どう聞いたらどう捨てたらの計らいも不思議に取り除かれて、聞くのも用事がなかったと聞かせてくだされた、親心の届いてくださっていることの、有り難さ嬉しさです。南無阿弥陀仏


*Comment

わぉ,背景が変わってる 

数日間失礼している間に背景がかわりましたね.きれいですね,淡い色で読む邪魔にもならないし.行が短いのも読みやすいし・・・なんて,くだらないコメントで失礼(^^;)
  • posted by Junk 
  • URL 
  • 2010.02/15 18:55分 
  • [Edit]

そうなんです 

気分転換で時々変えているんですよ。どうかな?と反応も気になるので、そう言っていただけると嬉しいです(^-^)
  • posted by hiromi 
  • URL 
  • 2010.02/15 20:26分 
  • [Edit]

NoTitle 

加茂師のこのおそるべき表現力。
北島康介じゃないですが、「何も言えねぇ」であります。
  • posted by YGM 
  • URL 
  • 2010.02/16 07:59分 
  • [Edit]

NoTitle 

ええ、ほんとに。どこを開いても、お法の世界で溢れているんです。
特にこのご本はお気に入りです。ほんとにね、これはちょっとね、参りましたね。
  • posted by hiromi 
  • URL 
  • 2010.02/16 08:41分 
  • [Edit]

NoTitle 

>明年は親鸞聖人のご誕生八百年であります。

でしたっけ?
  • posted by お邪魔虫 
  • URL 
  • 2010.02/16 21:07分 
  • [Edit]

NoTitle 

ありがとうございます。この御著書にあるままに写させていただいたのですが、この前の部分に、「このたびは、伯国別院へお参りさせていただき大そうありがたいよろこびにみたされております。」とありますので、ここには日時までは記されていませんので分かりませんが当時なされたご説法を原稿にされたもののようです。

ご著書は昭和53年のものなので、出典のところにそのように付け加えさせていただきました。やはりきちんと明記させていただかなくてはいけませんね。申し訳ありません。
  • posted by hiromi 
  • URL 
  • 2010.02/16 22:05分 
  • [Edit]

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