真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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それぞれの、お仕事

きのう書いたことの追記ですが、

阿弥陀さまと善知識では、なされるお仕事が違うということですよね。

お示しくださる方もご自分の仕事に力を尽くしてくださるから有難いのですし、自分の仕事を果たそうと思ったら努力しなければならなので、そんな知識方のご努力があって今日まで伝えられて今も私に聞かせてくだされるのだと、感謝しないでいられません。

南無阿弥陀仏

*Comment

手を出すな 

越前の年寄りがよく言ってましたね。

手を出すな、手を出すな、仏の帳場に手を出すな。

昔の冠婚葬祭では、帳場という名の差配人に全てをまかせていたものです。
差配人は絶対権力者ですから、日常のしがらみがどのようであれ共同体の構成員はそれに従ったものです。

これを転意して、阿弥陀如来の救済のはたらきに、被救済者が関与すべきではないという誡めの言葉が「仏の帳場に手を出すな」です。

そもそも、お仕事の内容が違うのですが頭の悪そうな親鸞会の講師ほど、善の奨めといって「仏の帳場」手を出すのですね。
じゃまになるから、あっちへ行けというのですが、言えば言うほど仕事の邪魔をするから困ったもんだ。

念の為だけど、差配人と高森顕徹氏を同値しないでね。彼に会計任せたら、全部自分の我欲を満足させるために会計報告なしで使っちゃうから。(高森顕徹事務所(笑))
  • posted by 林遊@なんまんだぶ 
  • URL 
  • 2010.04/20 23:53分 
  • [Edit]

 

「手をだすな」私もこの言葉が好きなんです。越中の人からよく聞きました。

「仏の帳場」と続くのですね、面白いですね。

>阿弥陀如来の救済のはたらきに、被救済者が関与すべきではないという誡めの言葉が「仏の帳場に手を出すな」

これがわからないのでしょうか…お救いと私の行為(善)を関連づける心こそ手を出している心と、恐ろしい心と知ったなら、進んで疑惑を誇ることもないでしょうに…と思いますが、いつもの林遊さん風に言えば、「仏様の心配するこっちゃな…」ですか何ともしようがないです。i-2
  • posted by hiromi 
  • URL 
  • 2010.04/21 08:00分 
  • [Edit]

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