真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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手をだすな

越前の年寄りがよく言ってましたね。

手を出すな、手を出すな、仏の帳場に手を出すな。

昔の冠婚葬祭では、帳場という名の差配人に全てをまかせていたものです。
差配人は絶対権力者ですから、日常のしがらみがどのようであれ共同体の構成員はそれに従ったものです。

これを転意して、阿弥陀如来の救済のはたらきに、被救済者が関与すべきではないという誡めの言葉が「仏の帳場に手を出すな」です。
(林遊様のコメントより)



救われた救われていないの基準が、自分や人にあると思うのが自力のはからいになるのでしょう。

私がこう思えるようになったからとか、誰々からああ言われたからとか、それはたよりないものですから、そういう自分や人にすがる心は必要がないので捨てたのです。何か一つでも、こうだからというものをつかんでいるのなら、それは自分から手を出しているのでしょう。

つかんでいるのなら、離すまいと力を入れ続けなければなりません。力が入らないように無意識に力を入れているのでもなく…ただお念仏があるだけです。

如来さまの世界には何人も手をかけてはならないと、祖師聖人さまが仰せと思います。
如来さまのお仕事に手を出すなと自らも戒めて、決して手を出さないで、ご自身の考えや体験を救いの基準とするようなことをせず、ご自身をたのみとさせないように示してくだされる方々が真の知識と思います。

なんまんだぶつ


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