真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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ただ与えられて…失うものはなかった

どなたか忘れてしまったけれど、ある人は言いました。

「馬鹿の極致だった」。

いわれのない罵りを受けながらも…「自分が一番馬鹿なんだから」と静かに。

巷では賢いとか頭がものすごくいい人だと言われているらしいのにも関わらず。

「…ああこの人は馬鹿じゃないなあ…いや、私も同じかそれ以上の馬鹿なんだ、馬鹿で生きていこう」と思った。



何も畏れることなんてなかったんだ、と思います。

間違っていたことを認めたところで、減るものや失うものはないのです。もはや。

人間だから間違うので、完璧ということも有り得ないのです。凡夫のまま。

いろんなところから学んでそこは違っていたなあと気付いたら原因を見つめて二度と同じ過ちをしないようにすればいい。そういう意味でいったら未来に向かっては得たものがあったということですね。

ただその場しのぎで口先だけでごめんなさいというのは意味がないのと同じように、過去をただ責めたり悔やんだりしたって仕方がない訳でそういうのとは違うんです。過去を否定するのじゃない、意味のあるものにするのは反省とこれからの私の生き方一つだと思うのです。

素晴らしい方々や人さまのそれぞれいいところを見習っていきたいなあと思いながらも、何分怠け者でお恥ずかしい限りですが、こんな安心の中に包まれながら少しは努力もしないと私を想い続け喚んでくださる仏さまに申し訳がないのです。

なんまんだぶつ


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