真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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如来さまのお話

手当たり次第にという訳にもいきませんので、お勧めやレビューにを参考におみ法を仰がせていただくご縁にとお話に触れさせていただいたりしますが、やはり心に響いてきますともっと聞かせていただきたいなと思ってしまいます。

法をお示しくださる方はたくさんいらっしゃって素晴らしい方はたくさんいらっしゃると思いますが私も知らない方ばかりで、批評するなどめっそうもなくそんなつもりも意味もありませんが、それぞれ特長があっていらっしゃるように感じて有難いと思います。

ある方は何というか、ダイナミック。久遠の過去からといってもそれが今現におはたらきであるところのそういう浄土三部経のおみ法をどのように浄土真宗として聖人さまが顕かにされていったのか、そしてその南無阿弥陀仏が届いてくだされているというところが、大きさと躍動感をもって迫ってくる感じです。いつもなるほどそういうことなんだなあという新鮮な驚きを与えてくださるような感じがします。

またある方は阿弥陀さまの広大なお智慧とお慈悲、それを信受させていただくとはどういうことか、また今そうさせてくださって届いてくださっていることの尊さ有り難さをいつも仰がせてくださるという感じがします。

ある方は論理的にといいますか聖人のお言葉を通していつも念仏者としての生き方への目覚めということをお勧めくださるように思います。

やはりどなたもきちんとした学問に基づいたお言葉の解釈ということが前提にあってのことと思い有難いことだと思います。
おみ法を聞かせていただくということは、仏法を聞かせていただくということで、仏さまのお話を聞かせていだたくことなのだなあと当たり前のことなんですけれども、私には仏さまのことはわかりませんからつい他の方向を向いてしまう、自分や他人、人間の方に向きたい、だから自分がどうなるのかとかどうしたらいいのかとか自分や人のことを問題にする話ばかりになってしまっていたのだなあとそんなことも今ふと思いました。

如来さまの方に向くんだよ、聞くのだよ、仰ぐのだよとの仰せに日々従っていくのがお念仏の道なのだなと思います。

なんまんだぶつ


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