真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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救い

浄土真宗についても仏教についても全然わからないので、仏教入門の本を読ませていただきました。
小池秀章『高校生からの仏教入門 釈尊から親鸞聖人へ』
そういうことだったのか…なるほど…そうだな…というところがたくさんあり読みやすく入門というところでわかりやすいです。
このところ救いについて思いついたことを書いたので、このご本の中から。

救い
(煩悩の汚れのない浄らかなさとりの世界(浄土)に往き生まれ、さとりを開いた人は、この世に還り、迷っている人を救うはたらきをするのです。)

?往生浄土

生きる意味と方向


 浄土真宗の救いとは、金魚すくいみたいに、ひょいっとすくってもらって、いい世界に連れて行ってもらうようなものではありません。また、病気を治してもらったり、さまざまな自己の願いが叶ったりすることでもありません。

 浄土真宗の救いとは、生きる意味と方向が定まることです。自己中心の心から離れられず、迷いの人生を生きている私に、智慧と慈悲の世界が与えられることによって、人生のあらゆることに尊い意味を見いだすことができるのです。そして、浄土という真実の世界に向かっていきることが、本当の人間として生きる道であると、生きる方向が定まるのです。

 このように、私中心の生き方から仏中心の生き方へと転換され、念仏という生きる拠りどころが定まった時、どんな苦難をも乗り越える智慧と力が与えられるのです。



梯和上様の本にも同様のことが書かれてあったな、と思い出しました。私もまだ始まったばかりなのですが、「迷いの人生を生きている私に、智慧と慈悲の世界が与えられることによって、人生のあらゆることに尊い意味を見いだすことができる」…ああそういうことかも知れないな…と思います。今まで色々とくだらないなどと人を見下していたことの愚かさ恥ずかしさが思い返されます。仏法を聞いている自分が尊い、素晴しいのではなかったのです。聞かせるおはたらきの中にいるだけ。それはすべての人にも照らされて。きらきら…みんな輝いている、それぞれの役目を果たしながら、その中で私も恵みをいただいて生かされているのでした。当たり前だと思っていたことが当たり前ではなかったと気付いたとき、大事に尊く思う心が生れるのではないでしょうか。

そして「浄土という真実の世界に向かって生きることが、本当の人間として生きる道であると、生きる方向が定まるのです。」…この定まってくださるというところが有難く嬉しいと思います。ここで初めて定まるのです。だから安心して生きていけるのです。自分で定めて向かっていったら獲られて完成、というのでは違っていたと思いますやはり。

そうして、「私中心の生き方から仏中心の生き方へと転換され」…仏さまを大切に、如来さまに向かって生かされていく私には、凡夫の浅ましい姿で悩み悲しみを抱えながらであっても、そのまま包んでくだされるお念仏があるからどんな苦難も乗り越えさせていただけるのだなあと、南無阿弥陀仏の智慧のおはたらき…ありがとうございます。(つづく)

なんまんだぶつ



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