真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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腹が立っても

 煩悩そのままの救いですから、腹の立つこともいっぱいあります。許せないような感情が湧き上がってくることもあります。

 でも、だからと言って、往生の障りにはならないのです。よくぞまあ、こんな私をお浄土へ…と有り難く申し訳なくうれしいばかりです。

 と同時に、こんな私だからこそ、縁さえあれば何をするのか分からないとも思うのです。
 だからこそ、教えは大事なんですよね。
 私の中に南無阿弥陀仏はあるんです。でも、外からは見えません。人に見えるのは、私の言ったりやったりすることだけです。それによって、なんだ、南無阿弥陀仏があったって大したことないじゃないか、とか思われたら阿弥陀仏に申し訳のないことです。一体誰の教育を受けているんだ、ということになったら私を導いてくださった方の信用も落として、恩を仇で返すようなものです。

 だからいつも法を仰いで教えに従って生きていきたい。この南無阿弥陀仏は、何をしようとも言おうとも増えも減りもしないけれど、南無阿弥陀仏に恥じないように生きていきたい。一緒に喜んで共に参る同行もたくさんできたほうが楽しいから。

…とそんなことを考えていたら、そんな言葉に出会いました。

…ただしかし、本願を信じ、念仏すれば、放っておいても、柔和な人間になるのかというと、決してそうではありません。我執をつのり、煩悩をおこして、自他ともにきずつけていく浅ましい心は、たえず牙をむいて、生きつづけています。(中略)
    肚をたてんな
    肚をたてれば 親を泣かする
    それでは法がひろまらん
と才市は自分自身にいいきかせておりますが、よほど肚だたしいことにであったのでしょう。カーッとなって、荒い言葉の一つもかけようとしたとき、如来さまから、ぐいっと手綱を引かれるような思いがしたのでしょう。ここで肚をたてちゃいかん、肚をたてて、人と争い、お互いにきずつけあうならば、それこそ親さまを歎かせることじゃないか、それだけではない、念仏者のぶざまなすがたは仏法がひろまってくださる邪魔をしていることになるのだ。そう思って才市は、いかりに狂うわが心を、じーっと、なだめようとしているのです。…

梯實圓 『妙好人のことば』 法蔵館、1989年、155-156頁 



 才市さんがとても懐かしく感じました。

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