真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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仏法を主とし、世間を客人とせよ

思ってはならないことを思ってしまうのが私だけれども、それを、「思ってはならないことなのだ」と知っているのと知らないのでは全然違うと思います。

思ってはならないことだと知っていれば、当然、行為として出すことも慎みます。また、そのように生きるのが如来さまに照らされている私の生き方だと思っています。

仏法を、己のために利用するというのは、本当に恐ろしいことだと思います。自分も周りも気づかないというのも、もっと恐ろしいですね。気付かずにいたら知らず知らずそういう行為に加担することになってしまいます。

思ってはならないことを思う、自分がそんな凡夫であるという、常に阿弥陀さまのみ声を聴いているという姿勢の、戒めのある人は、やはり決して教位には立たれないと感じます。なぜなら、私が凡夫であり、そんな私と共に往生させていただくのだから御同行御同朋であるという聖人さまの御心を、常に学ぼうとされているはずだからです。利用ではなく。それは、「私はどうせ凡夫であって仏さまではありませんから、こんな有り様でも仕方ありません」というような開き直ったような態度とは違うと思うのです。

「…その反対は、世間を主人とし、仏法を客人とみなすような生き方です。この世をうまく生きるための手段として仏法を利用しようとするものです。仏法を主とし、世間を客とみなす生き方は、世間を仏法化していきますが、世間を主とし、仏法を客とするような生き方は、仏法を世俗化してしまいます。世俗化した仏教には、世俗を救う力はまったくありません。ただ世俗に押し流されるばかりです。」(梯實圓和上 『本願のこころ』法蔵館)

このお言葉を、本当にそのとおりだなと噛みしめる近頃です。私は少しでも如来さまの御心にかなうような生き方をしたいと思います。

なんまんだぶつ

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