真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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兆『載』永劫

あるお同行様から、お知らせをいただきまして、『兆載永劫』というお言葉を、ずっと『兆歳永劫』と書いていたことに気付きました。

そのままでは変換されない為に、単語登録をした際に間違えて登録して、そのまま間違いに気付かずに使っていました。

修正させていただきました。K様、ありがとうございました。

数の単位についての楽しい話題も提供していただきまして、私も少し見ていましたら、

無量大数のかなたへ』というページには

大方広仏華厳経の巻第四十五、阿僧祇品第三十には那由他、阿僧祇、無量を含む巨大な数が述べられている。華厳経では 107(千万)を意味する倶胝くてい以上は、中国の上数と同じように 2 乗すると次の単位になるので、最後は想像を絶する大きさになる。以下にその数詞を示す。一部、仏教辞典に出ていないため読み方を推測したものがある。



とあって、『大方広仏華厳経』というものもよくわからないのですが、それ以下の数の表…「105…洛叉(らくしゃ)」から延々「107×2122…不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)」…下にスクロールしていくと、表の左側の数字の部分が、視覚的にも膨張していくように見えて不思議な感覚を味わえます。

さて、数はこの表からもわかるように、無限にあって10の〇乗という形で表されるのですが、数が「ある」というのは、1から無限に、何通りでもある訳です。
ところが、「ない」というのは、「ゼロ」一通りしかありません。

何となく、この一味の世界も「0」ということなんじゃないかと思ったりします。

私の側には、なにも無いのです。
あるとしても、なんまんだぶつ…それは私のものじゃなくて、阿弥陀さまだから、同じ。

何もないのだから、安気なものです。

阿弥陀さまだけ…

なんまんだぶつ

*Comment

NoTitle 

hiromiさんが仰る通り、わたしは「0」ですね。

私も早速、『無量大数のかなたへ』を拝見しました。
何故か、大無量寿経上巻の聖衆無量の部分が頭に浮かびました。
  • posted by 雑草 
  • URL 
  • 2011.02/13 10:23分 
  • [Edit]

NoTitle 

>大無量寿経上巻の聖衆無量

読ませていただきました。ありがとうございます。
素晴らしいですね。また記事に書かせていただきます。
  • posted by hiromi 
  • URL 
  • 2011.02/14 13:01分 
  • [Edit]

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