真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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危ない私

いいえやっぱり自分が一番危ないのです。

今までだってずっと、人のことばかりが目について問題にしてきたからなのです。自分を忘れて。お恥ずかしい。

急に人間が変わるものでもありませんし、本性は変らない私だということも知らせていただきました。

ただ、そんな危なっかしい私だということには気付かせていただきました。

油断してはいけませんね。

なんまんだぶつ

一 仏法談合のとき物を申さぬは、信のなきゆゑなり。わが心にたくみ案じて申すべきやうに思へり。
よそなる物をたづねいだすやうなり。心にうれしきこ とはそのままなるものなり。
寒なれば寒、熱なれば熱と、そのまま心のとほりをいふなり。
仏法の座敷にて物を申さぬことは、不信のゆゑなり。
また油断といふことも信のうへのことなるべし。
細々同行に寄合ひ讃嘆申さば、油断はあるまじきのよしに候ふ。

(現代語訳)
「仏法について話しあうとき、ものをいわないのは、信心がないからである。
そういう人は、心の中でうまく考えていわなければならないように思っているのであろうが、それはまるでどこかよそにあるものを探し出そうとしているかのようである。
心の中にうれしいという思いがあれば、それはそのままあらわれるものである。
寒ければ寒い、暑ければ暑いと、心に感じた通りがそのまま口に出るものである。
仏法について話しあう場で、ものをいわないのは、うちに信心がないからである。
また、油断ということも、信心をいただいた上で言うことである。
しばしば念仏の仲間とともに集まり、み教えを聞いて喜び語りあうなら、油断するということはあるはずがないのである」と、蓮如上人は仰せになりました。(御一代記聞書 203


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