真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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私を突き動かすもの・駆り立てるもの

大学の心理学科の友人と話していて感じたことです。

「脅している」とか「脅されていた」という話があります。
いわゆる、宗教で言われる、地獄行きだと言われることについて。

当然、説いている側は脅している自覚はないのだと思います。
理由としては、本当のことだとか云々。

でも、聞かされていた方としては、当時の心境を振り返ってみると脅されていたような心理状況だったと感じるからこそそのように言うわけで、それも容易に想像のできることです。
脅しているという自覚はなくても、脅されていたと感じる事実はあるのです。

自分はどうだったかなと考えると、脅されていたと思うほど、そこまで感じていなかったのです。
だから、活動と言われるものにも人ほど熱心に駆り立てられなかったのだと思います。
そこがちょっと他の人と違うところがあったのだとは思います。
地獄行きと言われても、死ぬと思えない私だと思っていたし、たとえ地獄行きでも、それをお救いくださるのでしょうといつも思っていた…やっぱりちょっと変わってましたね。(^^;でもそれって間違いじゃなかった)

希望と恐怖、これは人間を駆り立てるのにもってこいなのです。
俗にいう、飴と鞭。
プラスのほうで引っ張って、マイナスのほうでお尻を叩かれるのですから、引くに引けない。

楽(幸)を得たいという希望と、苦しみからは逃れたいという願望は表裏一体のそれこそ根本の欲望ですものね。私は何て幸せなんだ…という陶酔感が得られて、地獄は怖い!という恐怖感から逃れられる方法はこれしかないなどと思い込んでしまったら、もう抜けられませんよそれは。喜びだけとか恐怖だけとかどちらか片方だけでは、弱いのです。両方があると人間を動かすのに強い効果を発揮します。

宗教に限らず、何にしてもそうですね。煩悩で動くのが私ですから。それを騙しに利用されて騙されてしまいました。これからも気をつけようと思います。

危ないところでした。いえ、今も危ないままですが、南無阿弥陀仏はとてつもなく有り難いです。
なんまんだぶつ。

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