真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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本願寺お参りで思い出したこと

先月久しぶりにお参りさせていただきました。
京都の西本願寺に初めて行ったのは、小学校の修学旅行でした。
修学旅行の定番で、京都・奈良の寺院仏閣を廻るというものでかなりの過密スケジュールで、小学生にとってはどれも似たようなお寺ということもあり、最後のほうはもういいよという雰囲気になったことを覚えていますが、私にとってはどれも興味深く楽しかった覚えがあります。お寺の古くて荘厳な雰囲気が好きなのです。

その後は、平成に入ってから、京都でS会の法話があったときに、両親を誘うために京都旅行を兼ねることにしたので、そのときに久しぶりにお参りしました。
相変わらずの広い境内、懐かしいなーと思いながら、でもそのとき既にS会から本願寺について嘘ばかり吹き込まれていて信じていたので、それ以上ご縁を持とうとはしませんでした。

ものの見方や考え方が一方に偏ったものに固定されてしまうと、同じことを言われても、素直に入ってこなくなります。例えば…白い紙なら、青を塗ればそのまま青ですが、赤に塗られた後では紫になってしまうような…つまりは色眼鏡ということですね、そしてその嘘の色眼鏡をくれた人を信じている自分が好きだから、手放せなくなります。

私もかつて少しは本当に本願寺の方たちは死んだら極楽とばかり言って説いていないのか、調べたことはありました。でも、当時から親鸞会では「信心決定」ということを人生の目的として一枚看板のように言うので、私の中の浄土真宗の基準も、「信心決定ということが説かれているか」ということに染められてしまっていたのです。

それで、浄土真宗の本の中に、信心決定ということがあるか、もっと言えば「信心決定したと書かれてあるか」や「信心決定しなさいという勧め」があるか、「どうしたら信心決定できるかということが説かれてあるか」ということを探したのです。

これはS会だけが強調することですから、当然、他には見つかりませんでした。
「はっきりと私は信心決定しましたと言っている人や、していると認められている人がいるかどうか、またその体験の中身」そういうものばかりを探してしまったのです。信心決定ということがあるということは間違いではないですが、当時の私の心は、今思うとまぎれもない体験至上主義でした。

よく、お寺では聞けなかった話がS会では聞けた、という称賛話も出されますが、その中身も「救われたというハッキリした体験がある」「信心決定という決勝点がある」ということでした。
つまり、お寺の話では、どうなったらいいのやら、どうしたらいいのやら、助かったのやら助かってないのやらわからん、というのです。

そこなんですよね。
はっきりしたい、これでいいとなりたい。これだ、となりたい。がっちり、しっかり、掴みたい。
はっきり、しっかり、わかりたい。ピカッとか、ドーンとか、キラッか、何か、はっきりした体験したい。
あの時私はーという体験したい。
これが私の一番の望みだったからですね。
この願望をもっている人には、S会の教えはたまらなく魅力です。そして煽られて、感動して、酔って、感情的にも浸っていきました。

ただ、騙されやすい純粋さは、一方では私に、初心を忘れない心、お聖教の言葉をそのままに受け取る素直さを完全に失わせることまではさせませんでした。
人や会が救うのではない、私が従うべきは仏さま・聖人さまの御言葉だということは、S会に長年いて私が教えられたことです。それに従えば、人や団体が聖人と違うことを言っていると気付けば、去らざるを得ないのは、当然でした…嘘も悪いことも自分たちに都合のよい論理で正当化してしまう、判断の基準は教えとみせかけて実はすべて自分の都合という恐ろしいところだったのだと知りました。

…本願寺へのお参りのことを書こうと思ったのですが、思わぬ方向に話が行ってしまいました。
だけどこれも考えていたことなので、このままアップしておきます。
なんまんだぶつ

*Comment

 

お久しぶりです。
今晩は岐阜市内も大雪です。
私も当時は必堕無間に怯え、絶対の幸福に憧れていました。今も会員の人達はこの心情のままなのでしょうね。自分の心の中ばかりを覗いて、阿弥陀仏に向かわないので、いえ、向けと教えられないので、会員の人達には早く間違いに気づいてもらいたいです。
  • posted by 雑草 
  • URL 
  • 2012.02/01 20:53分 
  • [Edit]

 

雑草さんお久しぶりです。
今年はよく降りますね。ニュースでは雪の被害も連日のように伝えられて、自然のことだから仕方ないですが程々になるといいですね。

本当ですねーでも正直なところ、当時の自分の心を思っても、気付くほうが難しいんじゃないかと思ってしまいます。脳内で、こういう疑問にはこうという回答が出来上がってしまっていて、その中では間違いのない絶対の真理で、まさに「ああ言えばこう言う」、疑問を突きつけてもこういう答えが返ってくるだけだろうな、という何を言っても通じない感じがわかってしまいます。信じているものを崩されたくないみたいな感情的な部分も大きいですしね。それこそ、疑問を抱くこと自体が恐ろしい地獄行きの法謗罪という強迫観念に近いものがありますし…
とはいえ、それでも救ってくださる阿弥陀さまのお力は強いものだと知らされましたのでそれを信ずるばかりです。
私もまた間違えないようにしたいと思います。良いのも悪いのも、どんな縁があるかわかりませんものね。いつもありがとうございます。
  • posted by hiromi 
  • URL 
  • 2012.02/06 16:08分 
  • [Edit]

 

お久しぶりです。
私も先月西本願寺へお参りしました。
死んだら極楽浄土へいくんですよ、という話でした^^;
私はありがたいのですが。。
いい講師の方みえましたら教えて下さい^0^/
  • posted by YGM 
  • URL 
  • 2012.02/15 17:29分 
  • [Edit]

 

お久しぶりです。YGMさんもお参り行かれたですか~よかったですね。

>死んだら極楽浄土へいくんですよ、という話でした^^;

全くそのとおりですねぇ
阿弥陀さまがそのように仰せですから私もありがたいばかりです。(^^)

ああ、私の上の記事の
>死んだら極楽とばかり言って説いていない
の部分ですか。これは「説いてない」というところが間違いということを言いたかったのであって、死んだら極楽が間違いという意味ではありませんので大丈夫ですi-201すみません^^;

お参りでのことまた書きますね。
ありがとうございます。
  • posted by hiromi 
  • URL 
  • 2012.02/16 10:21分 
  • [Edit]

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