真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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名もなき人々の名もなき仕事

今年は子ども会の役員があたりました。これが結構忙しいのです。
この地域は保護者が真面目だと感じます。学校の行事もほとんどの方が出席されるし、ボランティア的な行事も出るのが当たり前という雰囲気です。

子ども会も、全国的には廃止であったり希望制であったりするようですが、こちらでは何の事前の打診もなく、小学校に入ったら自動的に名簿に入れられていて、役員も順番に回ってくるということになっています。

「育成会」というのが正式な団体名称で、地区はその支部にあたるようです。子どもの健全育成という意味では、確かに、学校とは別に地域の保護者が持ち回りで子どもの為に活動するというのも、意味のあることだと思います。

役員になれば、確かに面倒でしんどいですが(思った以上に大変でびっくりしてます)、しかも一銭ももらえない!でも、自分の為と思わずに子ども達のためと思えば、やりがいもあるし、やっぱり子どもたちがいきいきとしているところを見るのは嬉しい!

世の中には、大勢の人に認められたり、名誉ある仕事があったりする訳ですが、こういった、誰から認められるわけではないけれど、どこかで人の役に立っているような、そんな仕事…例えば地域の役職であったり、家庭でのお父さんお母さんの仕事であったりする、そういった仕事というのは、社会的な職業とは違って、めったに人から認められたり褒められたりする訳ではないので、主婦がふと「社会から取り残されているような感じがする」という寂しさを漏らしたりするように、達成感や満足、やり甲斐というものが見出しにくいのだと思います。

お給料というのも、ある意味自分の仕事が認められていることの見返りでもあるわけです。
だから、仕事ではすごく頑張っていて、社会的にもすごいねってその実績を認められているような人が、家では家族はほったらかしで家庭はうまくいっていなかったりするということがよくあるのは、わかるような気がします。家庭で頑張っても褒めてくれないけれど、仕事で頑張ると褒められるから、そっちのほうがいい、みたいな感じ…。(それほど、人間というのは、人から認められたいというのが、強いのでしょうね。というか、人である以上絶対なくせない。)

だから、私が最近よく思うのは、だけれども、もちろん議員さんや役人さんやお医者様や学校の先生や警察官や、社会的に目に見えて地位や名誉もあって社会を支えてくれる人の陰で、それを支えてくれる名もなき人や仕事があるということ、そしてそれはピラミッドのように、むしろ名もなき仕事のほうがずっと広く多いのだろうな、ということです。

輝かしい栄誉を受ける人には、必ずその人を育ててくれた人たちや支えている人たちがあるんですよね。当たり前なんだけれど、その当たり前のことに、今まで私は、目を、心を向けることが、できなかったなあ…と。自分自身のそういった仕事に対しても。認められなくたって、大事なことはたくさんあるという当たり前のこと。

そういう心も、なむあみだぶつはくださるのだなあと、不思議に思います。

足りないと思うから、寂しい。寂しいから、自分が指導者みたいになってちやほやされたり、逆に指導者に追従することで満たされようとしたり。

足りないものはないのにね。私ってばかですね。あるがままで救われていくのだから、寂しいままの私でいいんだよという、不思議な救いです。

なむあみだぶ

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