真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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何もないとは難しい

ただのただもいらん…という言葉がありましたが、お救いのあることの証拠は、向こうからやってきてくださっているなむあみだぶつだけなので、それは私のものではなく、私の側からすると「何もない」ということになります。

「何もない」というのは「何かあるに違いない」と思っていた私にとっては信じがたく、不安で頼りないのですが、それは自分を頼りにしようとする心なのだから、不安で頼りないのは当たり前なのでした。

何もないのだから、そのままであったという言い方になるのですが、それを他人が言うとそのままでいいのだよとか、(そのままで)救われているのだよという言い方になって、それはともすれば認定のようになり、知識だのみに陥らせる危険もはらんでいるような気がします。

いずれにしても、自分や他人という「人」には依らない(もちろん人の集まりである団体にも)のだよということは、人しか知らない私には、難しいことなのに、、、不思議ですね。なむあみだぶつ

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