真の知識にあうことは

真の知識にあうことは かたきがなかになおかたし 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき 親鸞聖人

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薄紙一枚、破ろうと思っていると破れない

自分の心を思い出す度、不思議でならないことがある。

「それは、他人に判別できない、仏様と、自分にしかわからないことだということはわかる」そう思っていたし、実際そう書いていた。

人からそう言われたから、ではなくて、自分の実感として、理解として、事実として、わかるという感覚だった。いまから思うと、どうしてそんなことがわかっていたのか・・と思う。

そうなると、「じゃあ、自分にはわかるというのは、どういうことなのか」となる。
「自分にはっきりわかるというのは、どうなったことなのか」
別の言い方をすれば、「どうわかればいいのか」。
とどのつまり、「どうなったらいいのか」である。
疑問はただこの一つだけということになる。

こういう心になるということは、有難いことなのだ。
だが、それだけに、この心がわかる人も有り難かった。
まさかのタイミングで、遭うべくして、この心をわかってくれる人に出逢った。
その恩師は言った。
「何もない」と。

何もない
そのとおりだった。
「自分では」どうにもならないものを、「自分で」どうにかできるはずもなかった。
どうにもならないのだから、どうなったらもくそもない。
何もない。自分の側には。

ただ、仰ぐだけなのだ。








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